名将に学べ!part5

どうも、もりーです。

今回も読んでくださるあなたのためになれば。

知識を増やすことも大事だとは思いますが、

思考の流れとか考え方を構築していくことも

同じくらい大事だと思いますので。

考え方の構築に一役買える記事を目標に、

やらせてもらってます。

では今回もよろしくお願いします。

関東屈指の勢力者

今回ピックアップするのは北条氏康。

誰それ、ってなるかもしれませんが、戦国時代の関東を

語る上では外せない人ですのでこの機会に名前だけでも

覚えてみてくださいね。

『のぼうの城』という作品でも題材になった小田原征伐で

豊臣方が敵対した勢力の基礎を作った人くらいの

認識でも十分でしょう。

小田原城に遊びに行くともっと深く知れるかもしれません。

興味が湧いたらぜひどうぞ。

(小田原駅からアクセスも良好だった記憶)

さてさて、氏康の話ですが、武田、今川との三国同盟の話に

加えて、南下してきた上杉軍を撃退したりと

なかなかに強豪です。

…強さの秘訣はどこにあるのか?

もしかしたら領地運営に鍵がありそうですのでご紹介します。

無理せず、うまいことやる

氏康のもともとの領地は相模(現神奈川県)。

先代から受け継いだ所領を維持しつつ、隣国と争いながら

所領を拡大していくことになりました。

とはいえ無理な戦はしないで、必要に応じた最低限に

とどめていたようです。

氏康よりも規模の小さい勢力であっても、完全に滅ぼしてしまわずに

適度にあしらっておいていたとの話があります。

そして適度にあしらっておいた彼らを「潜在的な同盟者」として

扱っていたようです。

周囲を見渡せば、今川、武田、上杉など強力な大名ばかり。

同盟も何かのきっかけで解消されるリスクがあることを

理解していたのではないかというような気がします。

リスクに対する備えとしての「潜在的な同盟者」。

協力者が多くて困ることはないのは今も昔も変わらないのでしょう。

うまく付き合っていけ

周囲を「潜在的な同盟者」として扱うというのは

読書家であったという氏康だからこそできたのかもしれません。

きっと合従策、連衡策なんかを知識として持っていたんでしょうね。

それだけではなく息子氏政への訓示として、

部下の功は忘れず、時々褒美して励まし、部下の功を盗むな、と

言っていたそうです。

自身を中心として、ついてきてくれる存在にはそれ相応に扱う。

そういう心掛けが北条家の繁栄の基礎だったのではないかと思います。

 

昨日の敵は今日の友になるかも。

友になったら大事にしてやる。

 

そんな心得のある人でありたいと思うのです。

 

今回はこのあたりで。

ほんじゃあね、もりーでした。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする