闇の一寸先は光

どうも、もりーです。

日々悩み、日々考えること。

人間の特権ですね。

そんな特権を存分に味わいながら、

新しい記事を書いてみようかなと。

方向性を考える

自身がどうありたいのか、今後どうなりたいのか。

そういったものを決めるのは必ずしも自身の考えだけではないでしょう。

そもそも自身の考え方というのも、厳密な意味では自身固有のもの

ではないかもしれないという思いがあります。

そんなことないだろと思ったあなたは次の問いに答えてください。

あなたはこれまでに誰の思想にも触れてこなかったのですか?

生まれてから今日に至るまで、誰一人とも関わりませんでしたか?

…この問いにイエスならあなたの考えは固有のものでしょう。

でも誰しも親であったり、義務教育であったりを経由して

誰かの考え方を取り込んでいるはずなんですよね。

もちろん私もそうです。

結果的に取り込んだ考え方の断片を再結合させて、

固有の考えにしているだけなんです。

(そうだと思っている、が正解かな?)

自身の悩みに他者の思考を

自身で選択し、行動するのは悪いことではないのですが、

そこで壁に当たった時に誰かの力を借りるというのも

決して悪いことではないでしょう。

一人で悩み、一人で解決する必要はないということを

心の内に置いておきたいものです。

とはいえだれかれ構わず力を借りればよいとも言えませんが。

あくまでも自身が信用できる存在がいること。

これが前提になってしまうでしょうね。

だれも信用できないというのであればそれはそれで。

だれも信用できないと考えさせた思考がどこかから来ていると

わかるだけでも、十分に収穫です。

いつかどこかで、信用できないはずの誰かを

信用してみようかと思えるタイミングもきっと来ます。

報われる結果になることまでは保証できませんが、

そういう経験を実体験の一つとして共有させていただこうかなと。

最後に一言だけ… 

迷う時もいつか光明は差し込みます。

その時がいつになるのか、その時にどう対応するのか、

そういったところはなってみないとわからないけど、

あせらず、確実にありたいものですね。

 

今回はこのあたりで。

ほんじゃあね、もりーでした。

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