簡単な学問

どうも、もりーです。

このブログもちょいちょい感想がいただけるレベルに

到達しました。ありがたいことです。

ありがたいって「有り難い」ですから、

「めったにない」って意味なんですよ。

そこから転じて感謝の意を示す表現になってるんですよね。

古文の授業でやりませんでした?

覚えてない?そうですか…

じゃあこの機会に豆知識として覚えときましょう。

雑談のタネができたところで今日のお話に行きましょうか。

難しそうなイメージ?

かつて学生時代に哲学というジャンルを専攻していた私。

フリーター時代とかに学生時代どんな勉強してたの?と

聞かれて「哲学です」とか言うと、

「え、難しそう」とか「よくわかんない」とかって

返ってきたものです。

まあ私自身必死こいて勉強してたわけでもないので

語れるレベルが低いせいもあったのかもしれませんが、

だいたいそんな反応をされて「え…?」となったものです。

法学部出身の方なら法律のこととか、

経済学部出身の方なら経済のこととかって

イメージされやすいのかもしれません。

哲学ってイメージできないんでしょうかね?

確かに漠然としてるイメージはありますけども。

実際やってることに関しては外国語と歴史ですからねぇ…

文学部って言っても過言ではないんですよね。

むしろ簡単だよ

私なりの哲学に対しての感覚は

誰でも簡単にできる学問という感じですね。

極端に言ってしまえば考えることができればOK。

そんなだから「難しそう」といわれると心の内で

「え、あなたは考えることが難しく感じるんですか?」と

思ってしまうんですよね。

でもどんな分野でも考えることって必要ですよね?

大卒じゃなくても社会に出て勤めだしたら、

「頭使えよ」とか言われますよね?

「考えられません」とか「頭使えません」とは言わないですよね?

…できると思ってるから。

頭使ったり、考えたりは誰でもできるじゃないですか、と。

そういうこと。私に向かって「難しく考えすぎ」と

言った人は数知れず。そんな人たちは考えがシンプルなんでしょう。

シンプルでも考えてんじゃん。

んでもって難しいものとしてとらえるって…

私からすればブーメランだよねってことです。

違う見方で言えば…

哲学。英語だとphilosophyといいます。

ギリシア語由来でphilosとsophyaですからね。

知を愛するというのが語源です。

明治期に日本に紹介された際に哲学という名が

与えられただけで、語源で考えたほうがニュアンスは

理解しやすいと思います。

「哲」の漢字の持つ意味合いはあきらか、さとい、かしこいなど。

(リンク参照 https://kanji.jitenon.jp/kanjid/1515.html

和訳としては「真理を明るみに出す学問」とかいった

ニュアンスになってしまいますね。

…だから難しく聞こえるのかも。

難しく聞こえてるだけ

「真理を明るみに出す学問」として哲学を定義してみたところで、

「真理を明るみに出す」ためには考えなきゃ始まらないんです。

真理とは何か? 明るみとは何か? とか。

私の持論は考えるだけなら誰でもできるなので、

入り口は比較的開かれてると思います。

少なくとも医学とか法学みたいに専門職を目指さない限り

深く踏み込まない学問よりは簡単に着手できるはずです。

教科書も特にないし、何でも教科書になるし。

最悪教科書なしでもできるし。

まずは知識、経験を集めて、それらを思考でつなぐ。

そこからやってみましょう。

間違いなく誰でもできますから。

 

今回はこのあたりで。

ほんじゃあね、もりーでした。

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