親の心子知らず

どうも、もりーです。

5月10日、母の日だったんですね。

正直全然意識してなかったです^^;

twitterとかホームセンターとかで情報仕入れたレベルです。

今回は母の日にちなんだ記事にしてみようと思います。

うちの母、簡単に紹介します^^

ちょっとしたエピソードは【もりーとは何者?】と名付けた

自己紹介記事にも少しのっけてますので、そちらをご参考ください。

うちの母は良くも悪くも自由放任みたいな感じだったなと思います。

「〇〇どう思う?」とか「〇〇どうしようかな?」と聞けば

たいてい「あんたの好きにせぇな」と返ってきたものです。

(今もそうです)

それをあてにして好き放題してきたところもあるし、

自分で決められないから意見求めてるのに…と思ったことも。

事務職やってたせいもあるのか、お金の管理とかには

うるさいところがあったかなとも思います。

ただ、保険とか、お役所がらみの年金、税金とかの知識には

助けてもらったこともあるので、これも良くも悪くもというところ。

誕生日とか母の日で、気を利かせてプレゼントを企画して、

「欲しいもんある?」と聞けば、決まって

「いいで、別に」と返ってくるのがお約束。

そんな感じなので、プレゼントとかはほとんどしなかったけど、

昔コンビニバイト時代、母の日のギフトの件数稼ぎという名目で

紅茶セットとかお茶菓子セットみたいなの贈ったら喜んでくれた。

実家に顔出すときも「お土産いる?」と聞けば、

「いいで、別に」と返ってきた。ただ、そう言った後に

「無事に帰ってきてくれたらそれでいい」とも言っていた。

そんな母も数年前、乳がんを患ったと聞いた。

久しぶりに会ったら、がんのせいもあるのか老けたか?と思った。

でも話してみると実家にいたころの感じのままで安心できた。

いずれなんかしたげたいなぁ…

とまあこんなうちの母。

物をねだることもなく、旅行も家のことがあるから無理と

返ってくる始末。

冗談半分で「ハワイでも行きませんか?」と振ると

「羽合はもうないで」とか返ってきそう。

(鳥取県羽合町、現湯梨浜町)

まあでもいろいろあったけど、実の母親。

30年分の恩義があるのも事実。

母は私が元気で生きてればOKとか言うので、

まずはそこからクリアしないとなぁ。

そこをクリアしたら、いずれ素直な気持ちで

「ありがとう」と言ってみようかな。

「いきなり気持ち悪っ!」とか言われるのが想像できるけど、

母の日にかこつけて言えば許されないかな…?

いや、むしろここで言ってしまえばいいのか。

これまでいろいろとありがとうございます。

できの悪い息子ですが、これからもよろしくお願いします。

 

ほんじゃあね、もりーでした。

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